書評:ローレンス・クラウス『偉大なる宇宙の物語―なぜ私たちはここにいるのか?』(塩原通緒訳、青土社、2018年1月31日)

 NHKEテレは数年まえ、この著者による連続講義「宇宙白熱教室」を放送し、多くの視聴者に歓迎され反響をよんだ。その連続講義のもとになった著書『宇宙が始まる前に何があったのか?』もまた、おおくの人びとに読まれた。

 連続講義と著書は一体、なにゆえに人びとを魅了するのか。それは、壮大な宇宙のなかで、自分は今、どんな場所に生き、なにものなのかという、いわば「自分探しの手伝い」を、やってくれているからだろう。最先端の理論物理学者(素粒子論・宇宙論)が渾身の力をこめ、丁寧にあつく語っている。

 それに続く今回の著書は、前回の壮大な宇宙の物語から一転して、その対極にある極微の世界を構成する究極的な物質とは一体、どのようなものかを探る。そのときどきのノーベル物理学受賞者の学説とその変遷を詳述しながら、それに答えようとする、素粒子の世界の物語である。

 素粒子の世界もまた、複雑怪奇で簡単ではない。本書は一気に最先端の理論まで走る。その極微の世界は、素粒子の相互作用を記した「標準模型」で完成する。ここまでくるのに300ページもの紙数を要する論述は、まさに壮大なドラマである。実に読み応えがある。

 標準模型が証明されたのは、ヒッグス粒子の存在が実験的に観測できたおかげだ。この粒子の存在を予言した理論物理学者ヒッグスの論文を査読したのは、日本の理論物理学者の南部陽一郎(2008年度ノーベル物理賞)である。南部・湯川秀樹・朝永振一郎など、日本の研究者の業績と人物像も、ていねいに論述されている。やはりうれしい。

 本書の書名は、キリスト教の聖書を連想させる。これはキリスト教圏の人びと向けの、心の遊びだ。著者は神が存在する世界には住みたくない、という反神論者でもある。幸運は深く準備したものだけにやってくる、との言葉は、至言である。