書評:パルヴェーズ・フッドボーイ『イスラームと科学』(植木不等式訳、勁草書房、2012年1月15日)

パルヴェーズ・フッドボーイ『イスラームと科学』

現代の自然科学は西欧の17世紀に形成された古典物理学と、その理論を包括する20世紀前半に形成された相対論と量子論などの現代物理学に根源的に依存する。そこには宗教や価値に束縛されない自由な科学の普遍性がある。現代の科学技術は自由な科学の普遍性を暗黙の内に認め利用し発展させた結果だ。

その一方で、絶対悪の悪魔性を帯びた人殺しの原爆と核兵器を創りだし、完全には放棄できないでいる現実がある。原発もしかりである。今こそ、英知を結集し生命と共存する科学技術を創造し科学と文化の文明論的転換をはかるときだ。

原子核物理学者の著者は長年、西欧科学の絶対悪の悪魔性を帯びた側面(原爆・核兵器)と、宗教が色濃く内在する「イスラーム的科学」(似非科学)に警鐘を鳴らし続ける言論活動を行っている。イスラーム的科学は宗教の支配下にあり、相対論や進化論などの現代科学の普遍性を認めない。一部の急進主義者の中には原爆の開発を許容する宗教的風土もある。教育制度にも民主性がなく、宗教的価値が介入し影響を及ぼす。子どもの識字率も低い。

しかし、中世紀のイスラーム圏には、古代ギリシャの学問と芸術を受容し、大量の学者がアラビア語に翻訳するという文化活動の黄金時代があった。学問と芸術が熟成され西欧に伝えられ、それが近代科学を誕生させる決定的な役割を果たした。その後、イスラーム圏の学問は衰退していくが、その形成と衰退の歴史はかなり複雑である。

イスラーム教徒でもある著者はあえてイスラーム的科学に内在する種々の負の科学観と価値観を俎上に載せ具体的に批判しているが、それも多様な諸価値を認め共存し非宗教性の民主的で普遍的な科学的営為の道を探るためである。しかし、その道はきわめて険しい。日本とは異なる宗教色の強い文化圏の科学のありさまが具体的に知れる。

(猪野修治:湘南科学史懇話会代表)