第84回懇話会のお知らせ(終了しました)

2017年6月25日(日)茅ヶ崎市勤労市民会館 14:00~18:00
「書評新聞」の編集者とは? 本を読み、考え、それを人に伝えること
講師:明石 健五さん(編集者・週刊読書人編集長)

講演概要

 日本では毎年出版される本(日本語で書かれた本)は、約8万点と言われています。1日220冊もの本が市場に出回っていることになります(土曜日、日曜日は書店への配本がありませんので、実際には、1日300冊強、毎週1500冊強の本が刊行されています)。この膨大な本の中から、毎週12冊の本を選び、書評で紹介するのが、「書評新聞」です(企画面などで取り上げる本を入れると、20冊ほど)。かつては、「日本読書新聞」「図書新聞」「週刊読書人」と3紙が競合し、現在では、「日本読書新聞」が休刊したため、2紙となりました。

 では、「書評新聞」の編集者とは、日々どのような仕事をしているのか。端的に言えば、8万冊の中から、読むべき本、読んで欲しい本を選びだし、書評として、あるいは著者インタビューや対談といったかたちで紹介していくのが、私の仕事です。毎週出版社から寄贈される本が約300冊近くあります。それら1冊1冊を手に取り、目を通していきます。また、毎日1度は書店を訪れ、かつ週に1度は「本の街」神保町に足を運び、新刊本をチェックします。知り合いの編集者からは、近々刊行される本に関する情報も寄せられます。

 そうした中から本を選び、では、この本にはどんな評者が適任かを考え、書評を依頼する。著者に会って話を聞いてみたいと思えば、直接依頼をし、インタビュー取材します。対談や鼎談の方がおもしろい話になると思えば、対話者を考えます。因みに、昨年一年を振り返ってみると、インタビューは7本、対談・鼎談・座談会などが21本でした(文末の別途資料参照)。「読書人」の1・2面の特集記事は、おおよそ400字詰め原稿用紙32枚ほどありますから、それを年間に28本担当するというのは、なかなか大変な仕事です。しかしながら、おもしろいからやめられない。朝から晩まで、時間があれば本を読み、著者の思考に触発されて自らも考える。そして、著者の思考を、ひとりでも多くの人に伝えるために、記事にしていく。このような仕事を21年間つづけてきました。

 出版社といっても、多くの会社では異動などがありますから、ひとつの仕事に、これだけ長期間専念する人間は数少ないでしょう。「読書人」で編集者として21年勤務し、2011年から編集長を務める現役編集者だからこそ学び得たことも少なからずあると思います。

 本を読むとは、いかなる営みなのか---。改めて考えた人は少ないのではないでしょうか。長年の経験から、私なりに見えてきたことがあります。それを、今回の講演では、なるべく具体的に、本の話をまじえながら、お伝えできればと思います。(明石健五)

2016年に担当した企画記事
  • 小林康夫・西山雄二対談「人文学は滅びない」
  • J・M・クレジオインタビュー「作家に今何ができるか」
  • 蓮實重彦インタビュー(聞き手=伊藤洋司)「原節子と日本の女優」
  • 立花隆インタビュー「人は死といかに向き合うべきか」
  • 柄谷行人インタビュー「「ルネサンス的」文学の系譜」
  • 小沢弘明・中田瑞穂・網谷龍介鼎談「20世紀ヨーロッパ史の「古典」に」
  • 大澤真幸・大黒弘慈対談「「21世紀の資本」を超えて」
  • 中田考・松山洋平「イスラーム法とは何か?」
  • ミシェル・ヴィヴィオルカ、鵜飼哲討論会「テロリストを赦すことはできるか」
  • 佐藤嘉幸・田口卓臣対談「脱原発の「切迫性」をめぐって」
  • 小松美彦・田中智彦対談「バイオテクノロジー社会の行く末にあるもの」
  • 苅部直・藤本夕衣「本を手に、大学でいかに学ぶか」
  • 京都大学人文科学研究所シンポジウムレポート「いま、現代思想と政治を問い直す」
  • 板垣雄三・丸川哲史・羽根次郎鼎談「中国とその西側の世界へ」
  • 井上達夫・渡辺靖「トランプ米大統領に!?」
  • 荒井晴彦・丸山昇一・西岡琢也・向井康介「日本映画を支えてきた脚本」
  • 鈴木國文・古橋忠晃・菅原誠一「ラカン/ヘーゲル/マルクス」
  • 柄谷行人インタビュー「無意識の自我としての憲法九条」
  • 山田詠美インタビュー(聞き手=倉本さおり)「言葉の可能性を極限まで高める」
  • 千葉雅也・大橋完太郎・星野太「「ポスト構造主義」以後の現代思想」
  • 討議=内田樹・室井尚「文系学部解体・廃止の最終時計」
  • 瀬々敬久・青山真治・土田環鼎談「小川紳介と小川プロ作品」
  • 宇野邦一・堀千晶対談「20歳のドゥルーズに出会い直す」
  • 加藤陽子インタビュー「未来を創造するために」
  • セバスチャン・ルシュバリエ講演レポート/インタビュー「日本資本主義の大転換」
  • 逢坂剛・金高謙二対談「神田神保町の古書店街は、なぜ空襲を受けなかったのか」
  • 井上達夫・渡辺靖対談「トランプ〝以後〟の世界」
  • 宮台真司・苅部直・渡辺靖鼎談「分断化された社会はどこに向かうか」

講師プロフィール

明石 健五(あかし けんご)
 1965年、東京・代々木生まれ。早稲田大学在学中から、自主製作で8ミリ映画製作。4本の作品を監督。卒業後、映像制作会社に勤務。AD、ディレクターを務める。その後1年間の引き籠りのあと、公益社団法人(全日本吹奏楽連盟)に1年ほど勤務し、ふたたび1年間の引き籠りに。1996年、株式会社読書人入社。2011年から編集長。2016年から同社取締役。

日時/会場

日時:2017年6月25日(日)14:00~18:00
会場茅ヶ崎市勤労市民会館(〒253-0044 茅ヶ崎市新栄町13-32)
電話 0467-88-1331 FAX 0467-88-2922 http://www.chigasaki-kinro.jp/
参加費:1,000円
連絡先:猪野修治(湘南科学史懇話会代表)
〒242-0023 大和市渋谷3-4-1 TEL/FAX: 046-269-8210 email: shujiino@js6.so-net.ne.jp
湘南科学史懇話会 http://shonan-kk.net/

2016年 「週刊読書人選書」<編集長が選ぶ、ほぼ50選>

乗松優『ボクシングと大東亜 東洋選手権と戦後アジア外交』(2200円・忘羊社)
 格闘技、特にボクシングは大好きで、子どもの頃から、大場政夫は自分にとってのスターだった(角田光代『空の拳』にもその名前は登場する)。幼い頃、代々木に住んでいたので、共栄ボクシングジムが近所にあった。よく具志堅用高がランニングする姿も見かけた。本書は、ボクシングの歴史から昭和史を振り返るといった内容。白井義男(故人)が1952年、日本人初の世界チャンピオンを獲得してから50年の節目の年(2002年)、「週刊読書人」では、それを記念して、安倍譲二さんと福島泰樹さんに対談をしてもらった。本書には、もちろん白井さんも登場するし、ピストン堀口や沼田義明、藤猛といった往年の名ボクサーが登場する。政財界からは、正力松太郎、児玉誉士夫、小佐野賢治、岸信介らも。これを読み興味を持てば、増田俊也『木村雅彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を読むのもいいだろう。こちらは柔道とプロレスから昭和史を振り返る一冊(同作を原作とした漫画もあり)。

山田詠美『珠玉の短編』(1500円・講談社)
 山田詠美さんの作品を読んでいると、まさに小説の「求道者」であることを感じます。常に言葉の可能性を模索し、文学の高み目指していく。『タイニーストーリーズ』以来、6年ぶりの短編集。山田さんは短編集を編む時、必ず事前にひとつのテーマを決めるという。今回は「言葉」がテーマ。一つの言葉をどれだけ面白がれるか。言葉の可能性を極限まで高めることを目指した。『珠玉の短編』というタイトルに込められた意味とは何か。この本を読んだ後では、「珠玉」という言葉を使うことはなかなか難しい。収録作「生鮮てるてる坊主」で川端康成賞を受賞。同作で三人の男女関係が次第に壊れていく、その様は、読んでいて背筋がヒヤッとします。特に精神を病んでいく「虹子」の存在は圧巻。

柄谷行人『憲法の無意識』(760円・岩波書店)
 もうすぐ参議院選挙です。今回から18歳以上の人たちが投票できるようになりました。そして次は衆議院選挙。自民党の近々のテーマは「憲法改正」です。最終的には、憲法改正には国民投票を経なければなりません。改正にイエスの一票を投じるにしても、ノーを突き付けるにしても、やはり日本国憲法を熟知しなければなりません。その成立過程にはどのようなことがあったのか。戦後憲法のベースに流れる「カントの平和思想」とは何か。なぜ憲法は戦後70年を経ても、一度も改正されることはなかったのか。フロイトの理論を援用して解き明かします。講演を元にまとめられた新書ですから、読みやすい一冊です。この本から、同著者の『世界共和国へ』に遡ってみるのもいいだろう。

菅野完『日本会議の研究』(800円・扶桑社)
 恥ずかしながら、この本を読むまで、「日本会議」という存在も名前すらも知りませんでした。日本会議の成立から歴史を遡り、その目指すところ(最終的な本丸は「憲法改正」)について解き明かす。やはりこの一冊も、憲法改正について考える上で必読の一冊と言えるでしょう。84頁に掲載されている漫画はとても示唆的。その中には「憲法改正まであと四百八十日――」とある(『宇宙戦艦ヤマト』のパロディ)。掲載された雑誌は2015年4月号なので、丁度今回の参議院選挙後ぐらいが、その日付にあたる。著者は言う、「常に「なぜメディアはこれまで日本会議のことを書かなかったのだ」という憤りが取材や執筆のモチベーションだった」。日本会議に属する「一群の人々」は、「今、安倍政権を支えながら、悲願達成に大手をかけた。(中略)彼らこそ、市民運動が嘲笑の対象とさえなった80年代以降の日本において、めげずに、愚直に、市民運動の王道を歩んできた人々だ。その地道な市民活動が今、「改憲」とう結実を迎えようとしている。「日本会議」――決して大きな団体ではないが、その力は大きい。その存在を、私たちはまともに知らなければならない。

陣野俊史『テロルの伝説 桐山襲列伝』(2900円・河出書房新社)
 文芸評論家の著者が2年以上の歳月をかけて著した書き下ろし。作家・桐山襲は、昭和天皇テロ計画を描いた『パルチザン伝説』でデビューする。その桐山の作品を分析しながら、桐山の生きた足跡をたどる。今や、その人と作品が振り返られることはほとんどなくなってしまったが、ある時代の若者たちにとっては、伝説の作家でもある。陣野さんは、本当にいい仕事をした。この本を読んだ後は、実際に桐山の作品にあたるもよし、あるいは大江健三郎『セブンティーン』(とその続編『政治少年死す』)や、深沢七郎『風流夢譚』を読むのもよし、さもなくば沢木耕太郎『テロルの決算』などは、比較的読みやすいノンフィクションである。また渡辺直己『不敬文学論序説』といった文芸批評も参考になるのではないでしょうか。

藤原辰史『〔決定版〕ナチスのキッチン』(2700円・共和国)
 2013年、本書で河合隼雄学芸賞を受賞。著者は京都大学で教鞭を執る農業経済学者。今回、共和国から増補リマスター版が刊行された(元版は水声社刊)。「台所」という空間を歴史的にたどり、ナチス政権下でドイツの台所いかに変化していったかをたどる。竈からコンロへ、「煙と煤」から「ガスと電気」へ。栄養やエネルギーに関する考え方にも革命的な変化を起こし、市民から熱狂的な支持を得たナチス。従来のナチス研究に一石を投じた一冊です。当時のレシピなども興味深い。藤原さんの『カブラの冬』――こちらは第一次世界大戦下のドイツを描く。イギリスによる対ドイツへの経済対策が生んだ飢饉により、76万人もの市民が餓死した。こちらは比較的薄い本なので、より読みやすい。また同書は、人文書院の「第一次世界大戦を考える」(全12冊)というシリーズの一冊で、このシリーズは、山室信一『複合戦争と総力戦の断層』(山室さんは『キメラ 満洲国の肖像』もおすすめ)をはじめ、河本真理『葛藤する形態』、岡田暁生『「クラシック音楽」はいつ終わったのか?』、小関隆『徴兵制と良心的兵役拒否』など、どれを読んでも面白い。そう言えば、山室さん、岡田さん、小関さんに鼎談をしてもらった時、「現代音楽作曲家というのは、兵役拒否者に通じるものがあるのではないか」というような話をしていたことを思い出したのだった。

安田理央『痴女の誕生』(1600円・太田出版)
 痴女の歴史はAVからはじまる。その歴史を90年代に遡って考察する。20代の終わりの一時期、自分(明石)はAV女優の「卵」(街でスカウトしてきた女の子たち)のカウンセラー(単に身の上相談に乗るだけの話)をやっていた。その関係で、多くのAV女優と身近に接してきた。彼女たちの多くが、心に傷を持っていた。その話を聞くだけで、こちらの心も痛んだ。AVというのは、日本という国で独自に発展してきた文化ではないかと思う(今は普通に定着(?)した「顔射」というのも、日本発である。一体、これは誰が開発したのだろうか――おそらく村西監督?――)。そのAV業界の一側面を知るためにも、是非読。この業界に興味を持ったら、AV女優42人へのロングインタビューを収録した、永沢光雄『AV女優』もおすすめです。また本橋信宏『裏本時代』も、ひとつの時代を活写した貴重なノンフィクションである。AVというのも「クールジャパン」なのだろうか?

甲斐扶佐義『追憶のほんやら洞』(1800円・風媒社)
 京都・出町柳にあった伝説の喫茶店「ほんやら洞」の追想集。同店は、昨年の火事により閉店した。写真家の甲斐さんが40年以上にわたって撮りためた貴重な写真のネガも全部消失してしまったという。鶴見俊輔さんらも、このお店によく顔を出したのではないだろうか。甲斐さんが経営するバー「八文字屋」(京都・木屋町通)は、現在も京都文化人の「たまり場」として営業中。京都を訪れるたびに、このお店に顔を出すが、甲斐さんは、撮影の旅に出ていることも多く、その時は、お店の常連さんが順番で「店主」を務める。甲斐さんが不在でも、甲斐さん撮影の写真集はすべて揃っているので、それを見にいくだけでもいいだろう。京都に住み、京都の風景と、京都在住の人々、そして京都を訪れた人たちを写した写真は、どれもやさしい雰囲気に満ち溢れている。甲斐さんの写真集では『京都猫町ブルース』『路地裏の京都』が比較的入手しやすいだろう。ついでながら、地元密着型の写真集というのが好きで、やはりその土地に住居をかまえて、じっくりと落ち着いて活動しなければ、撮れない写真というのがある。そうした地元密着型写真集の優れた一冊が、大森一也『来夏世―祈りの島々 八重山』。大森さんは秋田県生まれで、早稲田の第一文学部に学び、普通に東京で就職する。ある時、沖縄移住を思い立つ。「本当は大きすぎて、そのすべてを愛することはできないかもしれない。でも石垣だったら、そのすべてを受け止めて愛することができるのではないか」と考え、2000年に石垣島に移住する。翌年から八重山諸島の祭祀儀礼を中心に撮影をつづけ、この写真集を編んだ。八重山諸島の祭礼は、村落ごとに細かくわかれて行われ、なかなか外部の人間に撮影させることはない。大森さんは幾度も祭りに通い、信頼を得たのだろう。ひとつひとつが、まさに奇跡のショットである。作家の塩野米松さんも、そんな大森さんの写真の大ファンだということを、先日うかがった。

礫川全次『雑学の冒険 国会図書館にない100冊の本』(1700円・批評社)
 国内の刊行物をすべて収集するというのが国会図書館の使命とされているが、一体どんな本が国会図書館にないのだろうか。そう言われると、とても気になります。文字通り「国会図書館にない本」を100冊選び、内容を紹介した一冊。所蔵されていない訳も説明し、なおかつ表紙も掲載されているので、眺めているだけでも楽しい。基本的に、著者自身が所蔵している本から選ばれている。こうした本を読んでいると、日本の出版文化の豊かさをひしと感じる。しかし果たして、この本は国会図書館に収蔵されているのだろうか。敬愛するグレート出版プロデューサー兼編集者のハマザキカクさんが著した『ベスト珍書』にも、ぶっ飛んだ本が多数紹介されていたが、多くは国会図書館に所蔵されている。そこからも漏れてしまうような100冊であれば、いやが上に期待が高まるのである。

福地享子『築地市場』(2500円・朝日新聞出版)
 今年11月、豊洲に移転する築地市場。毎年、年末に正月用の食材を、行きつけの小料理屋のご主人たちと買い出しに行くので、築地市場は比較的身近な存在である。あれほど便利な場所にある市場も、世界的に珍しいのではないだろうか。移転にあたっては、未だに様々な問題が起こっているという。「東京の台所」(という言葉はないかもしれないが)としての築地の、長い歴史を振り返る。多数の写真や地図も掲載。景気悪化のため、たたんでしまう店も多いと側聞するが、移転先の豊洲では、どのような市場になるのだろうか。築地の老舗マグロ卸業の仲買人が著した『魚河岸マグロ経済学』、こちらも面白い本だった。

田中康弘『漁師食堂』(1500円・枻出版)
 どこの街にいっても、市場を歩くのは楽しい。その土地ならではの食材が並んでいるからだ。秋口にパリを訪れた時、市場を訪れると、どこでも普通にジビエの食材が並んでいた。日本ではあまり馴染みはないが、鴨やウサギ、鹿などなど。この本は、漁師かつ料理人が、どのように狩りをし、それを調理しているかを、写真と文で克明に描く。著者兼カメラマンの田中さんは、すべての工程を自ら取材し、実際の料理を食し、本書を著した。リアルなカラー写真の迫力に圧倒される。こういう取材には是非同行してみたいと思わされるのだった。

仲村清司/藤井誠二/普久原朝充『沖縄 オトナの社会見学 R18』(1600円・亜紀書房)
 ノンフィクション作家の藤井誠二さんが、沖縄の消えた売春街の歴史を取材した記録が間もなく刊行される(『沖縄アンダーグラウンド』講談社)。その取材の過程で、いわば「副産物」(スピンオフ)のような形でできた一冊であろうか。観光では滅多に訪れない場所、あるいは訪れてもその歴史には気づかないような場所、そのような土地を、大阪生まれの「ウチナーンチュ」仲村清司さんと、沖縄生まれの建築士・普久原朝充さん、三人で訪れながら、鼎談形式で話をすすめていく。「那覇編」にはじまり「普天間編」「コザ編」「金武・辺野古編」「首里編」とつづく。「幕間」として語れる章も面白い。まず「沖縄そば抗争」から読んでみるのもいいのではないか。沖縄そばと言っても、様々な種類があるという。濃い口、あっさり味、またトッピングされる具材もかなり違う。その違いについて、大人三人が熱く語る姿も、なんとも微笑ましい。文中では、多くの沖縄に関する本、映画が紹介されているので、そうしたガイドブックとしても役に立ちます。この本と合わせ読むべきは、大野光明『沖縄闘争の時代 1960/70』だろう。

吉川浩満・山本貴光『脳がわかれば心がわかるか──脳科学リテラシー養成講座』(2400円・太田出版)
 著者おふたりには、デビュー直後に、「週刊読書人」の「ニュー・エイジ登場」というコーナーに、エッセイを連続して寄稿してもらった。本書の元版となる『心脳問題』が刊行されてから12年が経つ。デビュー作を読んだ時、まさに新しい書き手が現われたと感じられるような、その書きっぷりが心地よかった。脳と心の問題、これに関しては日進月歩で研究がすすめられている。この間、テクノロジーも様変わりしただろう。改めてこの問題を考えるために、是非とも再読したい。

土橋正『仕事文具』(1500円・東洋経済)
 土橋さんは、おそらく日本で一番有名な文具ライターでなないだろうか。自分も仕事がら文具を手放せないので、土橋さんのホームページは定期的に閲覧するようにしている。土橋さんは、新しい文具が発売されると、実際に手に取って、その使い心地を試し、詳細に報告している。そうした仕事をまとめた一冊。文具を使いこなすことで、どれだけ仕事の効率がアップするのか。明日からすぐにでも導入できるテクニック満載。土橋さんのWEBマガジン(www.pen-info.jp)にも注目。

高野秀行『謎のアジア納豆―そして帰ってきた〈日本納豆〉―』(1800円・新潮社
 発酵食品は全世界にあるが、納豆は日本独特のものかと思っていたら、アジアの大陸では、日本以上に納豆を食す民族がいくつもあるという。日本の納豆とアジアの納豆は何が違うのか。その起源は一体どこにあるのか。納豆にとりつかれた著者は、ミャンマーやネパールの山中をさ迷い歩く。発酵食品に興味を持てば、さらに、小泉武夫『くさい食べもの大全』もおすすめ。納豆、チーズ、くさや等々、発酵は民族の文化そのものでもある。

都築響一『圏外編集者』(1650円・朝日出版社)
 編集者としてとても勉強になる一冊。都築さんは言う。たとえば取材などで地方にいって、夕飯時になって、食べログで調べる編集者は使い物にならないと。自分の感性を信じず、何の努力もしないで食べログなんかに頼るようでは編集者失格だと。たとえ店選びにその時失敗しても、そこで学ぶことは必ずある。取材で知り合ったある作家は、次のようなことを言っていた。「いい歳したら、蕎麦屋、寿司屋、天婦羅屋、ラーメン屋ぐらいは、その店の看板と暖簾を見れば、大体わかるものです」。出版社に就職を希望している人も是非読。そう言えば、自分(明石)が尊敬する編集者というのは、角川春樹さんを筆頭にして、変わり者が多い。「圏外編集者」でいいのである。

横尾忠則『横尾忠則千夜一夜日記』(1800円・日本経済新聞出版社)
 横尾さんの日常がつぶさに記された一冊。「週刊読書人」連載のエッセイを単行本化。可愛がっていた猫タマの死や、今の愛猫オデンのことなど。横尾さんのいる場所には、様々な人が訪れる。世界的な音楽家や日本を代表する映画監督、作家、美術家、演劇人……。人が老いるとはどういうことなのか。そのことを考えさせられる本でもあります。この先、歳をとるごとに読み返したい一冊。

マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(900円・ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
 大学に入学したら、このぐらいは読んでおいた方がいいでしょう。有名な「トロッコ」のたとえ話(ひとりを殺せば5人が助かる状況があったとしたら、あなたはそのひとりを殺すべきか)にはじまり、アリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、ノージックといった哲学者の理論を吟味する。ハーバード大学での授業が元になっているので、比較的読みやすいが、かなり深い内容も含まれている。アメリカの大学では、新入生は、とにかく哲学や政治学、物理学、天文学といった「教養科目」が課される。この本の次には『それをお金で買いますか』が控えている。こちらは「マドンナのチケットを、ダフ屋から買うことはいいか、悪いか」という話から、「では、病院の順番待ちの番号札を買うのはどうか」という話に進んでいく。ただ、サンデルの授業が理想かといえば、それは少し考えた方がいいのではないか。おそらく日本では成立しないのではないか。そのことは踏まえておいた方がいい。ちなみにサンデルの「白熱授業」に二度、記者会見に一度、自分(明石)は参加したことがあるが、決して民主的な進行ではなく、結構「ファシスト」的な側面も持っているように感じられたことも付記しておく。

岡本太郎『自分の中に毒を持て』(467円・青春出版社)
 古い本で、今でもロングセラーで売れています。とある舞台女優さんから薦められた本。世界的前衛芸術家は何を考え、作品と向き合ってきたのか。若いうちに読んでおくと、勇気づけられる一冊ではないかと思います。その女優さんと共通の話題が欲しいために手にした本。他にも『ハムレット』や『ガラスの仮面』『るろうに剣心』を薦められて、読んでみました。「本」というものは、何も真面目くさって、何かを学ぶことを目的として読まなくてもいい。不純な動機があってもいいと、思っております。岡本太郎に興味を抱いたら、椹木野衣『黒い太陽と赤いカニ』もおすすめです。

真鍋昌平『闇金ウシジマくん 37』(552円・小学館)
 2004年からはじまる人気シリーズ漫画。2010年からは山田孝之主演でドラマ化もされています。これもある時、取材で知り合った作家から薦められて読みはじめた一冊。それ以来、新刊が出ると買っています。少し真面目に『ウシジマくん』について考えてみたければ、難波功士『社会学ウシジマくん』にあたってみるのもおすすめです。あるいは『ウシジマくん』から引き出せるテーマとしては、「貧困」問題があります。こちらを学ぶには、湯浅真『反貧困 「すべり台社会」からの脱出』がいいでしょう。著者である湯浅さんは、人が貧困に陥るには「五つの排除」のプロセスがあると主張する。教育課程からの排除、企業福祉からの排除、家族福祉からの排除、公的福祉からの排除、自分自身からの排除。こちらは新書判なので読みやすい。『ウシジマくん』の「生活保護くん」編には、湯浅さんをモデルにした人物も登場します。余談ですが、真鍋さんは写真家・森山大道さんの大ファンらしく、森山さんの『新宿』などを、街の風景を描く時の参考にしています。そのカットを見つけ出す楽しみもあります。

瀬川昌久『瀬川昌久自選著作集1954-2014』(4800円・河出書房新社)
 日本最高齢のジャズ評論家、瀬川昌久さん(1924~)の集大成的な一冊。若い頃ニューヨークでチャーリー・パーカー(1920~1955)の生演奏を聴いたという、日本人で唯一の人物(だと思う)。タイトルにあるように、1954年に発表した文章にはじまり、60年にもわたる評論家活動を俯瞰できる。巻末には蓮實重彦氏との対談も収録。蓮實さんが先般の三島由紀夫賞の受賞会見で言及していた「すぐれた音楽評論家」とは、瀬川さんのこと。1941年12月8日、その日も瀬川さんは、自宅でジャズのレコードを聴いていた。「さすがに今日だけはやめてくれ」と、親に諭されたという。1962年に書かれた「クインシー・ジョーンズの編曲手法」なる評論も収録されている。クインシー・ジョーンズと言えば、自分(明石)の青春時代だと、「愛のコリーダ」や「We Are The World」といったポップスのプロデューサーとして知られていたが、マイルス・デイヴィスのプロデューサーでもあった。クインシー・ジョーンズに少し興味を持った人には、西寺郷太『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』も面白いだろう。こちらは、一曲の音楽を、微に入り細に入り分析して、この曲の前後でどのようにアメリカのポップス/ロックシーンが劇的に変わったかを解説。推理小説を読むような面白さもあります。

山下山人『フルトヴェングラーのコンサート』(4600円・アルファベータブックス)
 フルトヴェングラーと言えば、どんなアンケートをとっても、おそらく「トップ」となる指揮者であろう(カラヤンを選ぶ人もいるだろうが)。ただ、あまりいい録音が残っていないということもあって、若い頃は敬遠していました。それこそカルロス・クライバーやバーンスタイン指揮の方が、よっぽど聞きやすかった。有名なバイロイト音楽祭における「第九」も、それほどの名演には感じられなかった(その不明を今は恥じています)。政治学者・丸山眞男はフルトヴェングラー指揮のベートーベンがお気に入りだった。丸山は譜読みもでき、よく楽譜を眺めながらベートーベンの曲を聴いていたという(丸山は結構なオーディオマニアです)。吉祥寺にある東京女子大学の「丸山眞男文庫」(ホームページから蔵書を調べられます)には、膨大な数の丸山所有の本が所蔵されていますが、相当の数の楽譜も収められている(整理前の丸山文庫を取材したときには、大きな図書館のラック何個分も、楽譜で埋められていた。特にベートーベンの交響曲の楽譜には、細かい書き込みがされていたと記憶する。これも今、閲覧可能である)。フルトヴェングラーに対する思いを百八十度変えてくれたのは、音楽プロデューサーの中野雄さんであった。この方も丸山眞男の弟子であり、『丸山眞男 音楽の対話』『丸山眞男 人生の対話』という本を著している。『音楽の対話』を上梓されたとき、インタビュー取材させてもらった。その時、中野さんに対して、フルトヴェングラーに対する不満を述べると、後日、二枚のCDが送られてきた。戦前と戦後の「第五」である。「聞き比べてみてください」ということだった。耳を疑った。これほど違う物なのか。もちろんモノラルで、それほど録音状態がいいとも思えない。しかし、戦前のフルトヴェングラーの指揮は、まさに緊張感に満ちていた。話を戻そう。山下山人によるこの本は、フルトヴェングラーが何回演奏会を指揮したのか。何人の作曲家の作品を何曲、何回演奏したのか。どのようなオーケストラを指揮したのかといったことから、演奏会の全貌に迫るものである。こうしたマニアックな愛情にあふれた本は、大好きである。中野さんの本とともに、是非手に取って欲しい一冊である。

神蔵美子『たまきはる』(3000円・リトルモア)
 自身と末井昭(編集者)・坪内祐三(評論家)との三角関係を撮影した『たまもの』につづく本作は、パートナーの末井昭さんとの日常と、父親の亡くなるまでをおさめた写真集。こういう書物を前にすると、言葉を失うしかない。繰り返しページを開きたい一冊です。

長澤均『ポルノムービーの映像美学』(3000円・彩流社)
 ポルノムービー百年の歴史。一見表紙を見ると翻訳書のようにも見受けられるが、著者は日本人のグラフィックデザイナーである。これこそ企画の勝利ではないだろうか。「ゴールデン・エイジ・ポルノ」「百花繚乱の女優たちとフィルム撮り大作」「ゴージャスでネイキッドな90年代的ボディ」「そしてマーク・ドルセだけが残った」……目次を眺めているだけでも、なんとも楽しい本である。本作と合わせ読むならば、松島利行『日活ロマンポルノ全史』や寺脇研『ロマンポルノの時代』だろうか。また、数多くのロマンポルノにおいてスクリプターを務めた白鳥あかねさんの『スクリプターはストリッパーではありません』、こちらも傑作です。

牧村康正・山田哲久『「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気』(1500円・講談社)
 昭和40年代から50年代に青春時代を過ごした世代にとって、『宇宙戦艦ヤマト』は未だに特別な作品である。「『ヤマト』がなければ、『ガンダム』は生まれていなかった」。そして「『ガンダム』がなければ、『エヴァ』も生まれていなかった」。そのことは、富野由悠季さんも、庵野秀明さんも認めていることである。では『ヤマト』はいかにして生まれたのか。手塚治虫をして「二度と顔を見たくない」と言わしめた、西崎義典とはどのような人物だったのか。獄中体験を経て、見事に復活。その破天荒な生涯は、映画以上に映画っぽい。今はこのように滅茶苦茶な映画プロデューサーはいなくなってしまった。日本映画がつまらなくなったのも、ひとつにはそのせいもあるだろう。この本と読み比べるべき本としては、あえて『映画脚本家 笠原和夫 昭和の劇』を挙げたい。もはや説明する必要もない傑作中の傑作『仁義なき戦い』の脚本家。膨大な資料を読み込み、徹底的に取材をし、昭和の闇を物語化した巨人・笠原和男。その笠原に脚本家・映画監督の荒井晴彦と、文芸評論家・すが(文字が出ません、すがさんすみません。m (__)m)秀実が、鋭く突っ込む。その質問がまたいい。こうやってひとりの作家にインタビューするには、やはり対象に対する愛情がなければならない。その意味では、このタイプの本の嚆矢は、ヒッチコック・トリュフォー『映画術』である。学生時代にもっとも熱心に、そして繰り返し読んだ本である。

ジェニファー・L・スコット『フランス人は10着しか服を持たない~パリで学んだ"暮らしの質"を高める秘訣~』(神崎朗子訳1400円・大和書房)
 これは完全にタイトルで購入した(そして結果的にベストセラーになったのはタイトルに負う部分が多い)本ではないかと思います。「そうか、10着しか持っていないのか。じゃあどうやって着まわしているんだろうなあ」と、つい想像してしまう。ただ、内容はそうしたファッションの話に終始するというよりは、生き方・ライフスタイルに関する本。いかに日常生活を豊かにするか。最終的に「情熱を持って生きる」ことが大切であるということで、まあ「パリジェンヌには、パッションだということです(笑)。

荻野恭子『ロシアのスープ』(1600円・WAVE出版)
ピョートル・ワイリ,アレクサンドル・ゲニス『亡命ロシア料理』(沼野充義・北川和美・守屋愛訳2000円・未知谷)
 後者は新装版が出てブレイクした一冊。二十年ほど前に、モスクワ大学への留学から数年ぶりに帰国した後輩のために、ボルシチとピロシキを、料理本を見ながら作って、ふるまったことがあります。「このボルシチはニセモノです。具が多すぎます」と言われました。そんな思い出が蘇り、手に取った一冊。ソビエト連邦が崩壊前後のモスクワへ留学していた彼が、当時現地で食べたボルシチには、具がほとんど入っていなかったそうです。なにしろ入国した瞬間に、浮浪者と物乞いがいて、「ああ、この国は駄目だなと」と一瞬で悟り、その予想通りに、国がなくなってしまった(当地でクーデターにも遭遇したそうです)。ソビエト法を専攻していた彼は、今はロシア法と民族問題を、関西の大学で教えています。

クリス・バウワース『ノバク・ジョコビッチ伝』(渡邊玲子訳1900円・実業之日本社)
 内乱の長くつづいたセルビア出身のジョコビッチ。爆弾が落ちる中でテニスの練習をつづけたジョコビッチ。彼が11歳の時に、NATOによるベオグラード空爆がはじまった。その中で、テニスコートを転々としながら、練習をつづけたジョコビッチ。残念ながら、今度の全英オープンでは三回戦で敗退してしまったが、世界ナンバーワンのプレイヤーであることには間違いない。なぜ空爆が行われたかに対して、ジョコビッチは言う。「彼らはそうできるからするんだ」。「多くの子どもが死に、多くの家族が引き裂かれ、多くの町が破壊され、多くの人に苦しみを残してしまうことに、どんな正当性があるんだ? 正しい戦争なんてない」。多くの日本人にとって遠い国であるセルビアの歴史と現状を知ることもできる一冊。もちろん、一人の選手の成長の記録でもあるので、単純にスポーツ本としても楽しめます。こういう本を読んだ後では、テニスを見る目が確実に変わります。

渡辺靖『沈まぬアメリカ』(1600円・新潮社)
 中国や中東へ積極的に進出するアメリカの大学。ウォルマート、アフリカのメガチャーチ、セサミストリート、政治コンサルタント、ロータリークラブ、ヒップホップ。米国の力は衰えたと言われながらも、米国発のソフト・パワー、アメリカ的なるものは確実に世界に根付いている。だからこそ、いまだアメリカは力を持ちつづけている。著者自身、ハーバード大学でアメリカに学び、アメリカ研究の第一人者である。その著者が、世界各地に直接取材に赴き、現地で得た現実を中心に描かれているので、説得力を持つ。この本と合わせ読むべきなのは、堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』『沈みゆく大国 アメリカ』であろう。

横田増生『仁義なき宅配 ヤマトVS佐川VS日本郵便VSアマゾン』(1400円・小学館)
 著者は宅配ドライバーの助手に扮し宅配業界の「潜入労働ルポ」を敢行するが、2、3日目でノイローゼになったという、業者苛めや過当競争、宅配業界の内幕を暴く。もちろんこの背景には、アマゾン問題がある。それを知るためには、同じ著書の『アマゾン・ドット・コムの光と影』が参考となる。

辺見庸『増補版 1★9★3★7』(2300円・河出書房新社)
 辺見さんは昔から好きな作家である。大病を患いながら、それでも日々執筆をつづける不撓不屈の作家(日雇い労働者について書くために、山谷に住居を構えたこともある)。日本人は1937年(南京大虐殺のあった年)から、現在まで何をしてきたのか。あるいはしてこなかったのか。辺見さんの「抵抗三部作」(『永遠の不服従のために』『いま、攻暴のときに』『抵抗論』)も是非。ひとつひとつの文章が、遺言のようにも読めます。辺見さん、どうかいつまでもお元気になさってください。昔々、新宿の酒場で偶然お会いした際、飼い猫の話になり、「うち(明石)の猫の名前、キム・ジハ(金芝河)っていうんです」と話すと、興味深そうに、耳を傾けてくださったことを、昨日のことのように記憶しております。「単に金物屋さんからもらったからなんですけど、せっかくだから下の名前もないとかわいそうだと思って。この前、去勢手術を受けにいったら、年老いた獣医から、「随分、立派なお名前で」と言われました」と言うと、顔をしわくちゃにしながら笑っていた、辺見さんの顔を思い出します。

山本博文『流れをつかむ日本の歴史』(1500円・KADOKAWA)
 年号をごちゃごちゃ覚えるのではなく、大きな歴史の流れをつかむ学習法を、著者はすすめる。論文調で書かれていないので、読みやすい。「縄文時代と弥生時代はどこが違うのか」「鎖国はなぜはじまったのか」「徳川慶喜はなぜ大政奉還を決意したのか」「戦艦大和はなぜ無謀にも沖縄に向かったのか」。答えられそうでいて、なかなか難しい問い。この本で一通り流れをつかんだら、お次は中公文庫『日本の歴史』が待っている。こちらを二度ほど読んだあと、興味を持った時代について、さらに専門書にあたるのもいいだろう。

松山洋平『イスラーム神学』(2700円・作品社)
テレビ等で、あたかもまともな意見であるかのように語られるイスラームの議論。そのほとんどが、まったく的を得ていないことを教えてくれる一冊。ハラール料理(豚は食べてはいけない)、酒は飲んではいけないなど、表層のイスラーム知識では見えてこない、イスラームの真の姿。クルアーンとイスラーム法学に関して徹底的に論じる。日本で唯一の本格的「イスラーム神学」入門書。中田考さんの『カリフ制再考』と合わせて読めば、より理解が深まると思います。この二冊を読まずして、イスラーム国について安易に語ることは禁じるべきである。

森本あんり『反知性主義』(1300円・新潮社)
 一昨年刊行されて、話題になった本。アメリカではなぜ反インテリの風潮が強いのか。歴史的に遡って考察する。現在のトランプ現象を考える上でも、目を通しておくべき一冊である。日本では「反知性主義」という言葉が誤解して語られている面がある。その誤解を正すという点においても、是非読んで欲しい。真の「知性」とは何かということについても考えさせられる本である。本書と合わせ読むべきは、蓮實重彦『知性のために』だろうか。こちらは著者が東大総長時代に、入学式や卒業式で語ったスピーチを集めた一冊。やはり「知性」とは何かについて考えさせられます。

羽生善治『決断力』(800円・KADOKAWA)
 羽生さんが棋士としてプロデビューしたのは中学生の時。当時から、将来を嘱望されていた。デビューから約十年で将棋界の七大タイトルを独占した。それから30年、第一線で活躍をつづける羽生さんが「決断力」について語る。刊行から十年以上経ちますが、何かの度に読み返したいと思う一冊。作家の保坂和志さんは、「羽生の将棋は、他の誰とも違う、特別なものである」と言っていたと記憶している。その保坂さんが羽生の将棋について書いた『羽生 21世紀の将棋』、こちらも名著である。ちなみに、来年の「将棋電王戦」では、ついに羽生さんとコンピュータ将棋ソフトとの一戦が実現するという。そうなると、保木邦仁・渡辺明『ボナンザVS勝負脳 最強将棋ソフトは人間を超えるか』にも目を通しておいた方がいいだろう。

吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』(760円・集英社)
室井尚『文系学部解体』(800円・KADOKAWA)
 現在、いかに文系学部が大変なことになっているか。特に国立大学について論じられたものだが、そもそもの改革のはじまりは、1991年に実施された「大学設置基準の大綱化」である。そして2004年に国立大学が法人化される。ここですべてが変わってしまった(もちろん悪い方向にである)。今は文科省による「第三期中期目標・中期計画」がはじまったばかりであり、これが終わる平成31年度~32年度において、文科省の目論見が完成すると言われている。興味のない人にはほとんど知られていないことだが、国立大学の人文系学部・研究科が、全国で次々統廃合されている。たとえば大阪外国語大学は、大阪大学と統合された。図書館情報大学も筑波大学に合併されて、今やなくなりました。この流れは最早止めることができないのか。文科省による大学支配は、何も国立大学に限られたことではありません。文科省の方針に従わなければ、私立大学の場合、助成金がカットされる。身近なところでは、なぜ現在、国民の祝日なのに、大学は授業をやっているのか、不思議に思いませんか。15週の授業が半ば強制されているからです。「人文学」は本当に役に立たない学問なのか。多くのことを考えさせられる二冊です。「人文知」「教養」とは何かということを、もう少し考えたい人のためには、藤本夕衣『古典を失った大学 近代性の危機と教養の行方』もおすすめです。

大平貴之『プラネタリウム男』(800円・講談社)
 渋谷区立代々木小学校で学んだ自分(明石)にとって、渋谷の東急文化会館にあった五島プラネタリウムは特別な場所だった。社会科見学にも行ったし、幾度となく訪れた(ひとりで、あるいは高校の女友だちと)。夕刻からはじまり、太陽が沈み、そこで疑似的に灯された街の明かりをすべて消すと、一気に星があらわれる。なんとも幻想的な空間だった。著者は、プラネタリウム・クリエーター。2004年に、投影星数560万個の「メガスターⅡ‐コスモス」を共同開発。さらに、なんと10億個以上(!)の星を投影可能な「GIGAMASK」を開発した、まさに天才開発者。小学生の頃に既に、自作でプラネタリウムを制作していたというから、驚きだ。小学校6年生の時に描いたプラネタリウムの設計図が19頁に載っているが、なんと精緻な図形なのだろう。こういう技術者が日本にいること、これこそが誇りであると感じられる一冊である。

ハンナ・アーレント『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』(大久保和訳3800円・みすず書房)
 古典中の古典、学生時代に是非読んでほしい本。『全体主義の起源』で知られる哲学者アーレントが、1963年に『ザ・ニューヨーカー』に連載した、「アイヒマン裁判」の記録。これを一冊にまとめた本です。発表当時、大きな反響と物議を醸す。数百万人のユダヤ人を強制収容所に送ったアイヒマンに対して、極悪人として描くのではなく、「凡庸な悪」とし論ずる。その書きぶりに対しては、同胞のユダヤ人から激しい批判を浴びることになる。映画『ハンナ・アーレント』や、クロード・ランズマン監督の9時間半に及ぶドキュメンタリー『ショア』を合わせて観ることによって、ユダヤ人問題に関する理解が深まるのではないか(二作ともDVDあり)。言葉とはどれだけの強度を持ち、そして言葉を紡ぐことには、どれだけの覚悟が必要なのかということも考えさせる一冊。

高桑和巳『アガンベンの名を借りて』(3000円・青弓社)
ジョルジョ・アガンベン『身体の使用 脱構成的可能態の理論のために』(上村忠男訳5800円・みすず書房)
 現代最高の哲学者・思想家であるアガンベンの思想には、一度は触れてみて欲しい。決して平易な文章ではなく、かなり難解だが、アガンベンの翻訳者でもある高桑和巳さんの本(評論・書評・解題などを集めた、いわば入門書的な一冊)と併せて読めば理解しやすいのではないか。『いと高き貧しさ』につづくアガンベンの「ホモ・サケル・プロジェクト」の最終巻である。「剥き出しの生」とは何か――。小松美彦『生権力の歴史』も、この問題を考えるには良書であり、「ホモ・サケル」の概念について、かみ砕いて論じてくれているので、こちらも是非おすすめしたい。

千葉雅也『動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(2500円・河出書房新社)
 注目の若手思想家・千葉雅也氏の博士論文を改稿したデビュー作。『存在論的、郵便的』で颯爽とデビューした東浩紀氏の推薦文には次のようにある。「超越論的でも経験的でもなく、父でもなく母でもない「中途半端」な哲学。本書は『存在論的、郵便的』の、15年後に産まれた存在論的継承者だ」。また浅田彰氏も、こう評している。「ドゥルーズ哲学の新しい解説? そんなことは退屈な優等生どもに任せておけ。ドゥルーズ哲学を変奏し、自らもそれに従って変身しつつ、「その場にいるままでも速くある」ための、これは素敵にワイルドな導きの書だ」。フランス現代思想に興味がある人は、千葉さんらが訳した、カンタン・メイヤスー『有限性の後で』を紐解いてみるのもいいだろう。こちらは「ポスト構造主義」以後のフランス現代思想を知るうえで必読書である。千葉さんに興味を持った人には、『別のしかたで ツイッター哲学』もおすすめする。またドゥルーズが生前残した453分に及ぶインタビュー映像を収録した『ジル・ドゥルーズの「アベセデール」』は、26のテーマについて、ドゥルーズ本人が語る。こちらは比較的平易な話もしている。ひとつ印象的な言葉を紹介しておく。「遅れてやって来る効果」。ドゥルーズは次のように語っている。「すぐにその場でわからなくてもいい。わからないからといって焦ってすぐに質問などしなくていい。最初から最後まで、何もかもわかる必要もない。大切なのは遅れてやって来る効果を待つことだ」。少し言葉を、自分なりに補足すると、本を読んでいても、その場ですべてを理解せずともよろしいということなのではないか。その場で理解出来なくても、読んだことは必ず自分の中に残っており、いずれまた到来する。そのことを気長に待てばいいと。すべてをその場で理解しようなどと考えながら本を読んでしまうと、これほど辛く、息苦しいこともないのである。

星野智幸『呪文』(1500円・河出書房新社)
 いわゆる現代の日本の「純文学作家」で、誰が一番好きかと問われれば、星野さんの名前を挙げることにしている。「ディストピア小説」であり、笑える小ネタも随所随所に詰め込んであり、純文学なんだけれど読みやすい。一気に最後まで読み進められます。星野さんのデビュー作『最後の吐息』の冒頭は次のようにはじまる。「まだ読んだこともない作家が死んだ」。この作家とは、中上健次のことである。星野さんの小説では、『俺俺』『夜は終わらない』もおすすめです。

桐野夏生『抱く女』(1500円・新潮社)
 抱かれる女じゃなくて抱く女ということがポイントです。舞台は1972年の吉祥寺。あさま山荘事件が起こり、その後、大量リンチ殺人が明るみに出て、一気に社会運動は縮んでいく。学生たちの中にも、しらけムードが漂う。そんな時代に生きる、20歳の女子大生が主人公です。桐野さんの学生時代の経験と記憶が元になって書かれた、著者としては珍しい「私小説」的作品。桐野夏生という作家は、山田詠美さんと並び、本当に格好いい作家だと思います。合わせて読むのであれば、神奈川大学人文学研究所編/小松原由理編著『〈68年〉の性 変容する社会と「わたし」の身体』だろうか。大きく時代は変革されていく中で、「性と身体」はどのように語られてきたか。建物の前で、笑いながらブラジャーをかかげる女性の写真が印象的である。こういう装丁の本は、つい手に取ってしまう。

渡部直己『小説技術論』(2500円・河出書房新社)
 2000年代に入って流行りはじめたと言われる「移人称小説」。小説の視点人物が一人称と三人称のあいだを移動する小説である。小野正嗣や青木淳悟ら現代作家の小説を取り上げながら、こうした小説の技法について考察する。『日本小説技術史』の続編となる一冊。現代小説を読むのならば、このぐらいはおさえて読んでおいた方がいいよ、また小説を書こうなんていう野心を持っているならば、このぐらいのことは知っておいた方がいいよと、懇切丁寧に教えてくれる本です。渡部さんの本を読んでいると、この人は本当に「文学」が好きなんだなということがよくわかります。「愛」のない文芸評論家(←死語?)が多い中で、ほとんど稀有な「文学愛」の持ち主です。

小泉今日子『小泉今日子書評集』(1400円・中央公論新社)
 「書評集」というのはあまり売れるものではないけれど、数少ない書評ベストセラー本。昔は、朝日新聞の書評欄に取り上げられると、翌日(つまり月曜日)の朝、その本の版元には注文のファックスが大量に寄せられるという逸話があった。今は、小泉今日子さんが書評を書くと、その本はすごく売れるらしい。ということで、勉強のために読んだ本です。亡くなった久世光彦(作家・演出家)さんが、小泉さんの才能をすごく高く買っていたという(演技はもちろんのこと、おそらく文章についても)。そう言えば、黒木瞳さんも文章はうまいし、岸惠子さんの本も、何冊か読んだことがあるが、いい本が多いです(『巴里の空はあかね雲』はおすすめ)。

砂川秀樹『新宿二丁目の文化人類学 ゲイ・コミュニティから都市をまなざす』(3000円・太郎次郎社エディタス)
 最近では、博士論文を書籍化することも増えてきたが、それでもなかなか書籍化は困難ではある。著者は、クラウドファンディングを通して、博論書籍化への支援を募り、1週間で目標金額である「110万円」に到達、総支援金額は148万7000円に達した。出版業界が縮小化傾向にある中で、こうした出版のあり方は今後増えていくのではないか(藤井誠二さんの間もなく刊行される「沖縄真栄原本」も同様にクラウドファンディングを利用している)。砂川さんは、新宿二丁目の「ゲイ・コミュニティ」をフィールドワークしながら、文化人類学的に考察し、博士論文に仕上げた。博論のテーマとしては「異色」と言っていいだろう。調査は8年に及んだ。LGBTについては、最近では一般の話題にものぼりやすくなったが、それでもまだタブーのところがある。この本を読むことによって、少しでも壁がなくなればいい。「読み物」としても、とても面白い本です。

デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』(古屋美登里訳2300円・亜紀書房)
 これも、まずはタイトルに引かれた一冊です。フロイトは、第一次世界大戦後、戦争に対する考え方を変えたと言われています。それは戦後、帰還兵の中に、戦争神経症を患う人々が多数あらわれたことを発見したからです。このことは柄谷さんの『憲法の無意識』でも詳しく触れられています。イラクに派遣された日本の自衛隊員の中にも、帰国後、精神に変調を来たし、自殺した人が数多くいるといいます。そのこともあって、「なぜ自殺するのか」、その原因を知りたくなり、手に取りました。当然ながら、憲法改正を議論する際にも、こうした本が参考になります。PTSDということが一般的に言われるようになったのは、ベトナム戦争の時からではないでしょうか。その意味では、先日亡くなったマイケル・チミノ監督の『ディアハンター』をご覧になるのもいいかもしれません。

井上達夫『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』(1500円・毎日新聞出版)
 一昨年出版されて、こうしたテーマの本にしては大ベストセラーになった本です。リベラリズムとは何かを考えるための、入門書的な一冊といっていいでしょう。なおかつ、かなり深い内容のことを、話し言葉で、やさしくかみ砕いて論じてくれています。マイケル・サンデルの本と合わせて読むことをおすすめします。ドイツと日本の戦後責任の取り方の違いについて。「平和主義 」とは何か。天皇制や靖国神社について、格差と正義について、などなど、多くのテーマが含まれています。この本の読後は、「リベ・リベ」(と略して言うそうです)第二弾『憲法の涙』をつづいて読むのもいいでしょう。(おわり)