猪野修治『サイエンス・ブックレヴュー』について テスラ研究家・新戸雅章

 旧知の猪野修治さんが先頃、2冊目の単行本を上梓された。

 タイトルは『サイエンス・ブックレヴュー』(閏月社)。新聞や雑誌に掲載した科学書や思想書の書評を集めたものである。

 猪野さんは、高校で物理の教鞭をとるかたわら、科学史、思想史に関心をもち、その主題の論考や書評などをメディアに発表してきた。また、わたしの地元である藤沢市で、湘南科学史懇話会という科学史の研究会を長年主宰されてきた。

 この研究会は毎回各分野の碩学を迎えて、講演と質疑応答でたっぷり4時間はとるというハードなもので、一回が優に一つのイベントに匹敵するほどの濃い内容だった。わたしにとっては日頃の不勉強を省みるよい機会となった。

 アインシュタイン研究家の金子務氏、科学史家の唐木田健一氏、グラムシ研究家の片桐薫氏、藤沢在住の思想家いいだもも氏など、こういう機会がなければ、あまりご縁のない方たちと、同席できたのも大きな収穫だった。

 この研究会で特筆すべきは、講演ごとにその内容をまとめて、毎回、分厚い冊子(『湘南科学史懇話会通信』)を刊行してきたことである。編集から製作まで、すべて猪野さんの尽力によると承知している。その労力たるや並み大抵のものではなかっただろう。

 さて本書は著者がその旺盛なエネルギーで、科学・技術・思想分野の力作・問題作に果敢に切り込んだ書評集である。いずれも変化球ではなく、真っ向直球勝負を挑んでいるところが、率直な人柄の猪野さんらしい。

 真っ向勝負と言っても、その批評は勢いにまかせた独断や蛮勇とはほど遠く、あくまでも書物に即して語るという姿勢に貫かれている。精緻な分析の中に、しかし随所にあふれる思いや、個性のきらめきは、科学史や思想史に寄せる著者の思いの深さと、それを通して鍛えた思想の密度によるだろう。

 集中の圧巻は山本義隆氏の『磁力と重力の発見』の書評である。魔術から近代科学技術の誕生に至る西洋科学史を独自の視点で扱ったこの大著を、著者は共感と畏敬の念をこめて丹念に読み解いている。物理学史、科学史の該博な知識に裏付けされたその読みは、長年の思想的随伴者ならではの卓見と強靱な思考力に満ちている。

 原爆労働者の息子の死を追求した嶋橋美智子氏の『息子はなぜ白血病で死んだか』(技術と人間)の書評は、現在の視点からとくに感慨を催させる。「嶋橋美智子氏の闘いは今も続いている」という著者の言葉どおり、ひとりの青年の死を通して原発労働の実態を告発した文章に真摯に向き合うのに、遅すぎるということはないだろう。

 紹介されている書物の中には未読のものも多く、わたしが翻訳したニコラ・テスラ、パトリック・ゲデスの著書に対する過分なお褒めの言葉もあったりで、冷静な評にはなりにくい面もあるが、著書を通して優れた一個の作品を読んだという充実感を味わうことができた。

 この骨太な書評集を少しでも多くの人に薦めたい。


*上記の書評はテスラ研究家・新戸雅章氏のブログ http://blog.goo.ne.jp/tesla1856 から転載させていただきました。