書評:里深文彦『人間的な産業の復活』 (丸善ライブラリー、2002年9月20日) 2003年9月10日『化学史研究』第30巻第3号(通巻104号)掲載

 本書は科学史研究者の立場から、長年「科学と社会」の問題に関わってきた著者が5年間(1995~2000)に及ぶヨーロッパ(スウェーデン、イギリス)での研究生活をもとにした理論的報告書である。著者はヨーロッパの新しい科学技術の潮流と動向を「定点観測」として『科学史通信』(日本科学史学会編)にたびたび寄稿しており、日本科学史学会における国際派の行動する研究者としてよく知られている。1996年にドイツのビーレフェルトで開催されたシンポジウム「日本における文化としての技術」を企画・主宰し、その記録をイギリスの出版社から刊行した(Culture and Technology in Modern Japan, I.B.Tauris, 2000)。本書は内外の科学史研究者の注目を集めた。

 著者は帰国早々、第一弾として『21世紀ヨーロッパの技術戦略』(現代書館、2002年)を刊行した。この著作は貴重な個人的体験を踏まえたヨーロッパの「周縁情報」を満載した科学技術論である。今回ここで紹介するのはその第2弾『人間的な産業の復活』である。あわせて紙数の許すかぎり本書刊行までの里深氏の「科学と社会」の研究史にも言及する。

 さて、本書は文字通りヨーロッパ(北欧)の人間的な産業を復活させるための科学・技術・環境・産業・社会等々の現状を具体的に描いている。重要な柱は副題にある「ヨーロッパ型経営のモラル」と「高い企業倫理」である。「経営のモラル」と「企業倫理」が、ここまで進んでいるのを知ると驚くばかりである。

 まずはじめにざっと項目を見ると次の通りである。

 序章「技術とvs文化」から「労働vs仕事」へ。第一章:「ルーカス・プラン」のめざしたもの(イギリス)。第二章:ノキアの携帯電話(フィンランド)。第三章:ボルボの経営戦略(スウェーデン)。第四章:ワークシェアリングとグローバリゼーション(オランダ)。第五章:持続可能な社会(デンマーク)。終章:日本再生・衰退の分岐点にたって。

 次に各章ごとに概要を示しておこう。

 序章:日本が西欧技術を受容する過程における一般的な理論としての「技術と文化」および「労働と仕事」の相互関係とそれらの変遷を論ずる。技術と文化を考えるとき、かつてC・P・スノウは『二つの文化と科学革命』で二つの文化の統合の視点を提出したことを思い起こす。しかし、現代の技術と文化はスノーの考察から大きく守備範囲を超え「生活と学問」の総体にかんする人文科学的考察が求められている。西欧近代技術が導入されたのは西欧列強帝国主義による植民地化の脅威・危惧からであり、日本独自の技術は日本固有の文化を保持しつつ西欧の様式を取り入れた「日本文化の二重構造」にあるとする。

 第一章:社会的に有用な労働とは何かである。1976年、イギリスの航空宇宙企業「ルーカス・エアロスペース社」が提示した「社会的に有用な労働」を求める運動、いわゆる「ルーカス・プラン」の考察である。社会的弱者の立場と資源の有効利用を考慮した百数十項の開発計画を掲げ、それを当時の労働党政権と大ロンドン市企業委員会が全面的な支援を行った。このルーカス・プランは画期的な計画であり本国のイギリスだけでなくヨーロッパの科学技術者、市民運動に大きな影響を与えた。

 第二章:自己実現に役立つ労働とは何かである。これには驚いた。北欧の携帯電話会社、ノキア(フィンランド)とエリクソン(スウェーデン)の世界戦略ぶりである。ふたつの小国の携帯電話会社が世界市場をほぼ独占する「北欧の奇跡」が詳細に紹介されている。ほとんどの日本人は知らない。著者によると、「フィンランド人は、孤立主義者で、話すときに相手の顔を見たくない」そうだ。これが北欧の奇跡を起こした本当の要因かも知れない。世界に冠たる戦略ぶりが見える。ここまではいい。しかし、最近、世界中で問題となっている携帯電話が発生する電磁波による健康障害はどうなるのか。北欧の奇跡が爆発的な健康障害者を出さないのか。評者には気がかりで仕方がない。

 第三章:人間的な労働とは何かである。スウェーデンの自動車会社「ボルボ」は、アメリカと日本の自動車会社に体現される「フォード」や「トヨタ」の流れ作業の生産システムを根本的に変え、労働の人間化を求める「ウデバライズム」と呼ばれるシステムを創り出した。このシステムは「全体的な学習原理」と「生産ラインにおける完全な平行(並列)化作業場」である。顧客自身が自分の車の生産現場に入れる画期的なシステムは、一種の産業革命であり将来の産業革命史の課題になるだろうと言う。さらに、ここまで人間的な労働環境を作り上げるのに30年の歳月を要したボルボ社の歴史が描かれる。

 第四章:自己実現をめざす労働とは何かである。オランダにおける1・5人型の労働観(ワークシェアリング)とコンセンサスと合意形成の社会の実状が報告される。その基本原則は「働くために生きるのでなく、生きるために働く」である。そこには当然、家族制度、男女雇用、労働時間、昇進差別、早期退職、労働障害保険等々の様子が述べられる。

 第五章:持続可能性を実現する労働観とは何かである。周知のように、脱原発宣言をしたスウェーデンの環境政策とデンマークの電力利用の二酸化炭素の大幅な削減策案とその代替エネルギーはどうなっているかが述べられる。電力部門での二酸化炭素の総量規制、環境税、排出権取等々の国際的目標のもとに、両国政府は現実的な政治感覚から科学技術問題を社会・公共の問題と捉え返し、市民が選ぶグリーン・エネルギーの「風力」「バイオマス」「太陽」発電に大きく転換させた。とりわけ風力発電は市場に活況を呈し、新エネルギー発電協同組合制度(現在10万世帯が加入)を発足させ、市民が利益をも得ている。風力発電計画は「21世紀の環境戦略」である。これは国家政策の問題であり「政策さえ変えればその国に[風力発電は]広まる」と断言する。わが日本も肝に銘ずるべきである。こうして両国は化学物質を制御(ケミカル・コントロール)社会システムに向かい、民主的な合意形成のもとにエコロジカルな民主社会に走り続けていると総括する。

 終章:では日本の科学技術と産業はどうなのであろうか。著者が調査した「世界経済フォーラム」と「経済協力開発機構」の報告書によると、日本の国際競争力はどうにか8位につけているものの、潜在成長は21位である。これを考慮して、著者は産業モードを変えない限り先頭集団には入れず、また北欧型の「顧客本位」の研究開発に転換すべきだと提言する。

 ここまで詳細に読んできた評者の所感を述べておこう。著者は上記のような「ヨーロッパ型経営のモラル」と「高い倫理性」のもつ科学・産業・市民社会への価値転換の潮流と動向を「ルネッサンス」と命名し、その源流は1970年代にあるとする。また、「このヨーロッパの動きは転換期に立つ日本を逆照らす鏡」だとも言う。実に説得力をもつ提言である。日本のルネッサンスを起こすのは、ひとりひとりの人間的な学問活動と社会活動に委ねられ、成熟した民主主義に基づく批判的科学運動と政治的政策転換を求める多様な草の根の運動にかかっている。

 環境・人間・情報をめぐるヨーロッパの技術戦略を五つの思考の枠組み(構図)のもとに考察した本書は、21世紀の日本の社会システムを考えるとき、重要な指標となるであろう。戦後日本の政治システム・産業構造・市民社会はすべてアメリカ一辺倒の文化・思想の中にある。北欧で進行する人間的な産業構造を創り出す試みを鏡にして、アメリカ追随の文化・思想から早く脱却し、日本独自の文化を取り入れた社会システムを作らなければならない。2003年1月23日、衆議院予算委員会における野党議員の質問・発言によると、世界的な自動車会社「トヨタ」の労働者の労働時間(残業を含む)は365日、一日平均10時間の労働になり、その過酷さに労働者は「助けてくれ」と叫んでいるという。ヨーロッパの労働事情とはなんという違いであろうか。

 ある留学中の若いフランス人研究者(日本文学)の友人は来日直後、「ここはアメリカのひとつの州か?」と錯覚したと私に語った。日本の生活様式・思想・文化の状況のことである。その典型が「使い捨て文化」である。今こそ行政と企業、そして市民もまた高い倫理性を求められている。

 最後に著者の科学と社会の研究史に言及しておく。

 私と同世代の著者の学生時代は大学闘争、ベトナム反戦運動、反公害運動、反基地運動、科学者運動等々が盛んな時期と完全に重なっている。科学とは学問とは何かが厳しく問われた。著者はその時以来、科学史専攻の立場から一貫して批判的な科学運動を展開してきた。その後、1977年4月、J・ワトソンやF・クリックとともにDNAの二重らせん構造を発見しノーベル賞を受賞した分子生物学者M・H・F・ウィルキンス教授(ロンドン大学キングス・カレッジ)のところに半年間の留学を果たした。この時点から著者の国際的な科学と社会の研究は本格化する。ヨーロッパにおける科学技術の最新事情にかんする考察と研究には目覚ましいものである。著者の仕事については下記の参考文献にあたっていただきたい。

参考文献(著者の刊行物)
単著
『等身大の科学』日本ブリタニカ 1980年
『現代の自然科学者』講談社、1984年
『もうひとつの科学・もうひとつの技術』現代書館1985年
『転換期の技術社会』パンリサーチ1988年
『21世紀ヨーロッパの技術戦略』現代書館2002年
『人間的な産業の復活』丸善ライブラリー、2002年(本書)共編著
『科学技術の生態学』(共編著)アグネ承風社、1993年
『AIと社会』(共著)同文館、1995年
『民具の文化史』(共著)アグネ技術センター、1996年
『反開発の思想』(岩波講座「開発と文化」、共著)、岩波書店、1997年
『科学技術と産業事典』(共著)富士書店、1998年
Inkster, Ian and Fumihiko Satofuka (eds.),Culture and Technology in Modern Japan. I.B.Tauris, GBR, 2000

訳著
S・ローズ『ラディカル・サイエンス』(共訳)社会思想社、1980年
D・ディクソン『オルタナーティブ・テクノロジー』(解説)時事通信社、1980年
S・ローズ『生物化学兵器』(共訳)社会思想社 教養文庫、1983年
D・ディクソン『アメリカの科学政策』(監訳)同文館、1986年
K・セール『ヒューマン・スケール』(単訳)講談社、1987年
M・ギボンス、P.ガメット『科学・技術・社会をみる眼』(監修)現代書館、1987年
B・イーズリー『核の終焉』(監修)新評論、1988年
M・クーリー『人間復興のテクノロジー』(監修)お茶の水書房、1989年
S・グナティラケ『自立するアジアの科学』(共訳)お茶の水書房、1990年
H・ローゼンブロック『科学と技術のナビゲーション』(解説)アグネ承風社、1995年
R・コールマン『仕事という芸術』(監訳)アグネ承風社、1997年