書評:ソニア・フェルナンデス=ビダル著『3つの鍵の扉―ニコの素粒子をめぐる冒険』(轟志津香訳、晶文社、2013年11月10日)

なにからなにまで不思議な物語。生まれつき左右の目の色が異なる少年ニコは、ある奇妙なメッセージの導きで、この世では想像もできない数々の奇怪な体験をする。というとSF冒険ファンタジーのようだが、実はこれは、数式も学術用後も使わずに素粒子や宇宙の世界へ誘う、ユニークでみごとな、絵のついた科学読み物なのである。

奇怪な体験とは、たとえば次のようなことだ。粒子と波動の二つの性質を同時に持ち合わせる。時間の進みかたがまちまちの時計がある。いったん入ったら、そこから二度と脱出できない暗黒物質がある。遠距離にある二つの粒子が瞬時に影響し合う。自分のいる場所が膨張と収縮を繰り返す。

このような現象から、ニコは、自分が生きる世界とは異なる量子界を知る。量子界の長老から差し向けられた美少女に、ニコが魅了され、誘導されて量子界に入っていく趣向もあり、恋と冒険が交錯する青春冒険小説としても、読者の興味を離さない。

この冒険が語っているのは、素粒子論や宇宙論(素粒子宇宙論)の世界であり、その理解は現代物理学の諸理論(相対性理論や量子力学)の発展によって初めて可能になった。

ところが、物理学を学んだ人間でさえ、素粒子宇宙論の世界を把握するのは容易なことではない。物理学の言葉として必須の難解な数学や特殊な学術用語の意味と概念を知り、駆使する必要があるからだ。

それだけに、一般の人や、まして子どもが、その概念をイメージすることはまことに難しい。

そのことを熟知したうえで、量子物理学者である著者は、大胆にも、数学や学術用語をすべて捨象し、子どもでも大人でも、素粒子宇宙論の世界を直感的にイメージできるような物語を試みた。専門家だからこそ可能な、すぐれた作品となっている。