書評:吉川惣司・矢島道子『メアリー・アニングの冒険ー恐竜学を開いた女化石家』(朝日選書、2003年11月25日)  週刊朝日 2004年1月23日号 掲載

 一九世紀イギリス・ヴィクトリア期、南西部ドーセット州の海沿いの町、ライム・リージスに生きたメアリー・アニング(一七九九~一八四七)という人物をご存じだろうか? 本書は世界で最初の、その評伝である。

 貧しい家に生まれたメアリーは、貧困・無学を余儀なくされ、少女時代から一貫して「土掘り人」「狩猟採集人」「化石販売人」として生きた「女化石屋」である。この女化石屋は、終生、危険な崖をよじ登り、体当たり命がけで、地質学、古生物学には欠かせない「現物」のクロコダイル、イクチオサウルス、プレシオサウルスなどの重要な化石をつぎつぎと掘り出した。そしてそれらの古生物化石を、さきを争って求める貴族・紳士階級の学者や博物館に売りつけることを生業とした。

「掘り出し人」のメアリーと、彼女のうわさをきいて、その高名を求めて押し寄せる複雑多様な「買い付け人」たちとの駆け引きは、ほろ苦くせつない。その化石をもとに論文を書き名誉を手にする者もあれば、性差の分離を逆手にとり夫をたきつけて古生物学にかかわる女もあった。しかし、メアリーが採集した化石を媒介とする人々の交流・友情の結果が、のちに恐竜学の基礎を創っていく。ダーウィンの『種の起源』(一八五九)が刊行される以前の実話である。

 しかし、現代の恐竜学に決定的な貢献を果たしたメアリーの名は、イギリスの主要な博物館でもほとんど見あたらない。ふたりの著者は、その埋もれている「女化石屋の全体像」の再発掘作業に挑み、女性と科学(古生物学・博物学)を性差を超えて熱っぽく語る。筆裁きは圧巻である。