第89回懇話会のお知らせ(終了しました)

2018年5月3日(木)藤沢市民会館 14:00~18:00
なぜ、今、731部隊か
講師:常石敬一さん(科学史、神奈川大学名誉教授)

講演概要

 研究発表などで、実験対象をヒトでなくサルと偽らざるをえない人体実験を行ったことで有名な満州第731部隊を取り上げます。その部隊が姉妹部隊と合わせ総勢1万人規模の石井機関となったこと、そのなかで行われていたこと、それが戦後長らく秘密にされていたこと、それが戦前・戦中・戦後の学界にもたらした「ゆがみ」について資料をもとにして話をする予定です。以下はその前書きです。

研究再開

 僕は2011年以降、自分の研究テーマを原発の問題に絞った。そして55回目の湘南科学史懇話会(2012年1月22日)では今こそ脱原発だという意気込みで「覚醒の時」という話をした。その話をもとにして『3.11が破壊したふたつの神話―原子力安全と地震予知』(神奈川大学評論ブックレット、15年7月)をまとめた。またそれと前後して、内容を原子力に限定した『日本の原子力時代―1945~2015年』(岩波現代全書、15年7月)を発表した。

 新刊の準備をしていた15年4月に防衛省は「安全保障技術研究推進制度(競争的資金制度)」の公募を始めた。これは軍事技術開発に役立つ研究に軍事予算から資金を提供する、というものだ。その予算は15年が3億円だった。金額の多寡は問題ではない、問題は大学などの研究機関の研究費として軍事費をつぎ込むことが解禁されたという点だ。

 なぜそれが問題なのか。僕は、そうした資金は日本の科学研究の質の劣化をもたらすと考えている。それは1970年代の後半から、731部隊を研究してきたことで到達した理解だった。その研究を通して軍事機密のベールが覆い隠すのは「秘密」よりも「無能な・無駄な」研究だったと知った。それが繰り返されようとしている。

 これは声を上げるべきだと考えた。ただ体力の問題があり脱原発の研究は断念し、研究の軍事化による汚染阻止に専念することにした。この判断は、僕の731部隊についての研究が、軍事研究が学問研究にゆがみをもたらすことを示したつもりだったが、まだまだ不十分だったという自戒によるものでもあった。

再開の背景、2010年代の日本

 731部隊についての僕の最初の本、『消えた細菌戦部隊』は81年、そして一番最近になって出たのは『戦場の疫学』で05年、どちらも海鳴社が出してくれた。それから10年、改めて僕たちはどんな時代にいるのかを考えた。

 最初に、今なぜ軍事費が投入されるのかを考えた。21世紀に入ってGDP、科学技術費それに軍事費はそう変化はない。民主党政権は09年9月に成立し12年12月に退場したが、その間の科学技術費は初年度こそ減少したがその後の2年間は増えている。しかし自公政権となった13年度からは減少している。軍事費については自公政権下でわずかだが増え続けている。

 日本の軍事費はGDPの1%を上限とするという規定があるわけではないがその枠に収まっている。科学技術費もほぼその水準だが、21世紀に2回だけその水準を超えた。09年と12年だ。それぞれ麻生内閣(08年9月24日- 09年9月16日)および野田内閣(11年9月2日- 12年12月26日)が編成した予算だ。

 安倍政権になって、公共事業費と軍事費はわずかではあるが増え続けており、科学技術費は目に見えて減っている。軍事費は17年度要求では過去最高の5.1兆円だった。防衛省の安全保障技術研究推進制度による補助金は初年度の15年が3億円、16年が6億円だった。17年度は18倍増となる110億円が計上されている。さらに18年度について「日経」はこう見出しをうっている。「防衛費、過去最高の5兆1900億円 18年度予算案 17年度補正も最高」(2017/12/16 1:30日本経済新聞 電子版)。

 もうひとつ注目すべきは、12年末の安倍政権成立以降、報道の自由が抑圧されていることだ。各国の報道状況について毎年レポートを出している国際的な団体、フリーダムハウス(本部ワシントンDC)と国境なき記者団(本部パリ)、それぞれの日本についての報道の自由度ランキングの推移は以下の通りだ。ポイントは、どちらの順位も安倍政権発足後一貫して下降していることだ。

報道の自由度ランキング
  2010年 11 12 13 14 15 16 17
フリーダムハウス 32位 32 37 40 42 41 44 48
国境なき記者団 11位 - 22 53 59 61 72 72
https://rsf.org/en/ranking 、https://freedomhouse.org

1930年代の日本

 731部隊の正式発足は1936年だが、その司令塔、陸軍軍医学校防疫研究室の設立は32年だった。それは関東大震災(23年)から9年後のことだった。

 大震災以降、政府は思想弾圧を強め、25年には治安維持法を制定した。この時一緒にできた法律が普通選挙法だった。治安維持法の影響が目に見えて現れるのは30年代で、33年に河上肇の検挙や小林多喜二の検挙・虐殺があった。同じ年、前年に発足した学術振興会の研究費補助制度が始まった。これは日本の科学研究にとって、従来の個人研究中心だった体制を、研究組織によるグループによる規模の大きな研究を奨励する転換点だった。

 防疫研究室および731部隊は軍事費で設置され、規模を拡大していったが、その資金は31年創設の満州事件費だった。これはその年の満州事変に対応して創設されその後、日中戦争を契機に臨時軍事費特別会計に引き継がれていった。事件費が陸軍予算に占める割合は初年度こそ2割強だったがすぐに5割を超えるほどになった。つまり陸軍の予算が倍増したわけだ。これは当然、財政の悪化をもたらした。安倍政権が財政再建を先送りしながら、軍事費を増額し続けている姿勢と相通じるものがある。

 39年になると、総動員試験研究令が制定され民間の研究者が国家目的の研究に動員されるようになり、研究者を指名し、国から直接の支援を受け他方で研究結果を報告する義務を負った戦時研究員制度が43年に始まった。これは制度を作った側からすれば、時すでに遅しだった。そのためこの制度の功罪は不明である(2018年2月22日)

参考資料

資料

講師プロフィール

常石敬一(つねいし けいいち)
 1943年生まれ。1966年東京都立大学理学部物理学科卒業。長崎大学教養部教授、神奈川大学経営学部教授を経て、現在、神奈川大学名誉教授。専攻:科学史

主要著書
『消えた細菌戦部隊―関東軍第七三一部隊』(海鳴社、1981年)
『医学者たちの犯罪組織―関東軍第七三一部隊』(朝日新聞社、1994年)
『七三一部隊』(講談社現代新書、1995年)
『化学兵器犯罪』(講談社現代新書、2003年)
『原発とプルトニウム』(PHPサイエンス・ワールド新書、2010年)
『結核と日本人―医療政策を検証する』(岩波書店、2011年)
『3.11が破壊したふたつの神話-原子力安全と地震予知』(神奈川大学評論ブックレット、2015年7月)
『日本の原子力時代―1945~2015年』(岩波現代全書、2015年7月)

日時/会場

日時:2018年5月3日(木)14:00~18:00
会場藤沢市民会館(〒251-0026 藤沢市鵠沼東8番1号)電話 0466-23-2415
参加費:1,000円
連絡先:猪野修治(湘南科学史懇話会代表)
〒242-0023 大和市渋谷3-4-1 TEL/FAX: 046-269-8210 email: shujiino@js6.so-net.ne.jp
湘南科学史懇話会 http://shonan-kk.net/