2019年6月23日(日)藤沢市労働会館 14:00~18:00
日本文化の形成史と天皇――大摑みな仕組と今後の課題
講師:黒住 真さん(日本思想史、哲学・倫理学、東京大学名誉教授)
日本という場所で秩序はどのようなものだったのでしょうか。これをめぐり見落とせない大きな特徴のひとつは、天皇がそこに深く関わりながら歴史を成していることです。ただしそれは、ある時期からの形成物であり、また時代時代で同じではありません。だから、それを一定の何かだと決めてしまうべきではなく、かといって無視すべきものでもありません。ならば、秩序形成における天皇像は、かつてどのようであり、今後どうあればいいのでしょうか。
この秩序問題について注目したいのは、政治や軍事よりも、それに関係しつつも展開する宗教的文化的営みの在り様です。これを祭祀と称しておきます。そして時代としては、先史ともいうべき縄文期、初期の弥生期、奈良以後の律令制を、少しとらえます。これらは前提としてまた時代的な構成物ともなります。ただ、その背景からここでおもに見たいのは、(1)近世(徳川期)に発生した可能性、(2)幕末・明治初期の国家また大日本帝国期の天皇像、(3)敗戦後に生まれた天皇をめぐる秩序論の平成への展開です。その歴史を遡ることで、今後への示唆がある、と考えます。
また、以上3点に関係しますが、この時期、従来ではあまり見えなかったがとくに近代以後に発生する重要な課題があります。それは、環境(位置付く世界)と社会(学習・労働による組合的生活形態)という次元です。それは地球化ともいうべきグローバルな様相に結び付いています。それが近代化においては重要ですが、日本では(α)環境・世界が軽視され、(β)社会的組織の展開が停止されるのです。
まず(α)ですが、近世までは、環境・世界はただ依存すべきものでした。ところが近代以後、それは無視のみならず破壊さえ行われます。そこに資本主義とエネルギー所有が結び付いて展開します。ところが近代以後の日本では、これを批判し再考・再構成する組織を形成するよりも、むしろ批判的組織を壊して統一をはかります。
それが(β)でもあります。日本では、物事を振り返って反省しつつ判断し意味づけていく社会が空白化され、物事の位置と意味を国家に集中させ、そこに諸々の組織、宣伝や警察が結び付きます。この構造は、戦前も戦後も大きな違いはない、といえます。
環境の無視、社会の欠如、というこの維新後の間違いは、出来事としては、「昭和期の戦争」、「平成期の地震津波原発事件」に、はっきり現れています。これに対する答えは、オリンピックやメディアの国家把握ではなく、むろん軍備ではまったくありません。日本という場所は、近代史的な戦争また力という間違いが、見えないようでもはっきり現れ出た場所です。それをみずから知ることで方向を見出すべきです。
この戦争の間違い、環境と社会という問題を方向づけるために必要なのは、これらの課題に基づいた中小的な組合や産業であり、それらがコスモス(天地)に基づいて持続することです。天皇像は元来、稲作と関係する祭祀でした。その仕事・祭祀の罪責さえ担う態度の意味は、批判とともに改めて見出すべき、と考えています。このあたりの課題を発表ではより歴史的に示すつもりです。
黒住 真(くろずみ まこと)
1950年岡山県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科卒業、同大学助手、東京理科大学工学部また東京大学総合文化研究科・教養学部の教員を経て、現在、同大学名誉教授。分野:日本思想史、比較思想宗教、哲学・倫理学
日時:2019年6月23日(日)14:00~18:00
会場:藤沢市労働会館(藤沢市本町1丁目12番17号、JR/小田急江の線「藤沢駅」徒歩15分、小田急江の島線「藤沢本町」駅徒歩7分。電話0466-26-7811)
参加費:1,000円
連絡先:猪野修治(湘南科学史懇話会代表)
〒242-0023 大和市渋谷3-4-1 TEL/FAX: 046-269-8210 email: shujiino@js6.so-net.ne.jp
湘南科学史懇話会 http://shonan-kk.net/