第97回懇話会のお知らせ(終了しました)

2019年7月28日(日)藤沢市労働会館 14:00~18:00
レスリング行為を哲学する
講師:入不二 基義さん(哲学、青山学院大学教授)

講演概要

 「レスリング(wrestling)」は、領域特定的な意味と通底普遍的な意味の両方を持つ。領域特定的な意味での「レスリング」とは、一定のルールに基づく特定の格闘競技・種目のことを表す(オリンピックルールでは、フリースタイル・グレコローマン・女子の三種に区別される)。一方、通底普遍的な意味での「レスリング」とは、その他の格闘競技・種目の中にも現れる基礎的かつ汎用的な身体所作を表す。たとえば、レスリングではない別種の格闘技の試合においても「レスリングが上手い」と言われる場合が、それに相当する。また、通底普遍的な意味での「レスリング」は、ルールやスタイルの違いも超えたものであり、その意味では相撲もレスリングの一種であるし、着衣のレスリングもある。さらに、通底普遍的な意味での「レスリング」は、格闘技でさえない領域へも浸透していて、二つの身体の絡み合いにおける固有の展開を表す。たとえば、親子のじゃれ合いも恋人どうしの性的行為も、「レスリング」と称されることもある。

 同じく、動詞形の「レッスル(wrestle)」もまた、領域特定的な意味と通底普遍的な意味の両方を持つ。領域特定的な意味での「レッスル」とは、ルールによって制限された、レスリング競技内での格闘行為を表す。一方、通底普遍的な意味での「レッスル」とは、特定のルールやジャンルを超えた「取っ組み合う行為」そのものを表す。だからこそ、レスリング競技ではない他の格闘技の中にも「レッスル」は出現するし、「レッスル」は多種多様なルールやスタイルを纏いながら同じ行為として(人類史的な水準で)出現し続ける。さらに、「取っ組み合う行為」としてのレッスルは、必ずしも「格闘」である必要もなく、皮膚接触的な密着コミュニケーションの遂行でありうる。だからこそ、じゃれ合いや性行為とも地続きなのである。また、必ずしも「対人行為」である必要さえなく、困難な問題や課題に「取り組む」ことも「レッスル」と表現できる。

 「レスリングする身体(wrestl(e)-ing bodies)」もまた、同様の領域特定性と通底普遍性の両方を持っている。「レスリングする身体」とは、特定の競技・種目を実践する身体に留まることなく、いわゆる「組み技系格闘技」と言われるもの全般に潜行する身体のあり方や技法を表すし、さらに「レスリングする身体」は、じゃれ合い・絡み合い・密着し合う行為群の内に広く浸透する接触身体のことでもある。その結果、「レスリングする身体」の広がりは、子ども的な身体の古層を介して、さらに動物的身体の次元へも延びている。

 私は、10年ほどのレスリング・フィールドワークを通じて、そのような身体の重層性を経験することになった。レスリング行為の観点から見えてくる身体は、当然のことながら一個体をはみ出すし、さらにはヒトという種をもはみ出す。そして、そのはみ出し(連続性)は、翻って「レスリング」というジャンルの(アメーバ的な)あり方にも通じていて、たとえば「プロレス」という独特の表現形態もまた、その連続性の相の下で見ることができる。プロレスは、いかなる点でレスリング競技と連続し、いかなる点で断絶するのか、またその連続性と不連続性は、レスリング行為およびプロレス行為の何を顕わにするのか。そのような問題を考察してみたい。

講師プロフィール

入不二 基義(いりふじ もとよし)
 1958年11月11日神奈川県生まれ。東京大学文学部哲学科卒。同大学院人文科学研究科博士課程単位取得。山口大学助教授を経て、現在、青山学院大学教育人間科学部心理学科教授(専攻は哲学)。著書に『運命論を哲学する』(森岡正博との共著、明石書店)、『あるようにあり、なるようになる―運命論の運命』(講談社)、『相対主義の極北』(ちくま学芸文庫)、『哲学の誤読―入試現代文で哲学する!』(ちくま新書)、『時間は実在するか』(講談社現代新書)など多数。趣味はレスリング。

 分析哲学的な手法をベースとしながらも、独自の概念をいくつも産み出して、それらを自在に操ることによって、入不二哲学(としか呼びようのないユニークな世界)を追究している。入不二哲学(ワールド)は、哲学論文として展開されるだけでなく、哲学随想(エッセイ)という形でも展開されており、『足の裏に影はあるか?ないか?―哲学随想』(朝日出版社)等では、日常のうちに潜む謎や子どもが抱く問いなども扱われている。51歳から始めたレスリングでは、大学レスリング部の部長を務めると同時に、自らもマスターズの全国選手権大会に出場して、メダルを獲得し続けている。

日時/会場

日時:2019年7月28日(日)14:00~18:00
会場藤沢市労働会館(藤沢市本町1丁目12番17号、JR/小田急江の線「藤沢駅」徒歩15分、小田急江の島線「藤沢本町」駅徒歩7分。電話0466-26-7811)
参加費:1,000円
連絡先:猪野修治(湘南科学史懇話会代表)
〒242-0023 大和市渋谷3-4-1 TEL/FAX: 046-269-8210 email: shujiino@js6.so-net.ne.jp
湘南科学史懇話会 http://shonan-kk.net/